10・11日

  • 2011年09月13日(火)

10・11日は奈良遠征でした。

2日間とも違うチームと違う場所での試合は、今回初のバス遠征となったちびっ子も一緒でした。

初の遠征となったのは10日。
バスでの遠征にちびっ子が参加するのは今までにほとんどなかったことで、それも奈良と少し遠いので『大丈夫かな?』と少々不安でしたが、当の本人たちは全然お構いなし!
元気いっぱいでした。
保護者の方々も少し不安だったんじゃないかな・・・(笑)
バスの後ろを付いてくる保護者の方もみえましたが、こちらも朝から妹たちがリュックサックに水筒のたすき掛け!
完全に遠足気分です(笑)

一昔前は、お兄ちゃんの試合を弟や妹を含めた家族で観に行くのが週末の恒例行事みたいなところもありましたが、最近はちょっと減ってきていたので久しぶりの光景になんかほのぼのした気分になりました。

台風が来ていた時は寒いくらいでしたが、この日は非常に暑い1日でした。
それでもちびっ子は元気いっぱい!
高学年の選手が『しんどい』と言って休めば、『ぼく出る』って手を上げてくるちびっ子が何人もいて、6年生の試合に1年生が出場したほどでした。

『なんかえーなぁ』

でかい選手に混じってほとんどボールに触れませんが、一生懸命走っている明らかに小さい選手を観ると『これこれ!』って思います。

ペルナ発足当時を思い出して、『やっぱりこんなんもありやな』って思いました。

子どもたちにはペルナに所属している間にたくさんのことを経験してもらいたいなぁ。
サッカーはもちろん、サッカー以外のこともたくさん経験してもらいたい。
『百聞は一見にしかず』っていいますが、まさにその通り。
なんでも経験です。

我々指導者は『いい経験』ができるように『環境』を設定して、できるだけ『何も言わず』に見守りたいものです。

失敗・成功を繰り返しながら、『1つではない答えを自分で導きだす力』を身に付けて『生きる力』を磨いてもらいたいものです。

そのためにペルナではこの先もいろいろなことを計画していきたいと考えています。

     つたえびと しみず

なでしこジャパン 五輪予選通過!

  • 2011年09月09日(金)

なでしこジャパンがロンドン五輪出場権を獲得しました。

ロンドン五輪出場を賭けたアジア最終予選第4戦を8日に北朝鮮と戦ったなでしこジャパンは、後半38分オウンゴールで先制しましたがロスタイムに追いつかれ、1−1の同点で終わり勝ち点を10としました。
その後行われた中国VSオーストラリア戦で中国が敗れたため、日本の2位以内が確定し日本の団体競技ではロンドン五輪切符獲得第1号となりました。

私も前半だけ観ましたがしんどい試合でしたね。
っていうか北朝鮮良かったですね。
私の目には完全にポゼッションされていたし、積極的な守備は効いていました。
北朝鮮の前線からの積極的な守備は、日本得意のボール回しを後ろへ下げる消極的なものにしていました。
結局、後ろの選手がセーフティーにロングボールを蹴ってセカンドを拾われ波状攻撃をかけられるという最悪の状態に。
それでも我慢して失点しなかったのが、後半38分のオウンゴールにつながったって事はなでしこの成長かもしれませんが・・・

今回もロスタイムに追いつかれ勝ちきれませんでした。

後半40分過ぎから逃げ切りのためのボールキープを始めましたが、実はこの時点でロスタイムを入れて残り8分近くありました。
当然勝ちを意識して時間かせぎに入るのは分かりますが、どうしても私たちの世代は『ドーハの悲劇』を思い出してしまいます。
どうも日本は『時間かせぎ』のみを考えたボールキープしかできないような気がしますが、なんかちょっと違うような気が・・・
もちろんボールをキープしないとピンチを招きますが、キープしながらも1人ないしは2人の少人数でスキがあればもう1点取って相手の『息の根を止める』カウンター攻撃が日本はできないですよね。
時間かせぎをして相手選手のイライラする心理に付け込んでのカウンター。
決まれば完全に勝負が決まりますし、決まらなくても相手に『攻めてばかりではやばい』という気持ちが生まれるはず。
だから力が均衡したチームとの試合で2−0とか3−0の勝利がないですよね。
どうしても負けられないと前に出てきたチームにカウンターで追加点。
点差ほど力の差はないけど『うまく勝った』って試合ありますかねぇ・・・

まだまだ課題は残りますが、正直ロンドン五輪出場を決めてほっとしました(笑)

女子サッカー人気を一過性のものにしないためにも、ハードスケジュールで大変でしょうが、がんばれなでしこジャパン!
応援します!

       つたえびと しみず

ドリブル

  • 2011年09月07日(水)

日本の少年の指導現場では、サッカーを始めたばかりの低学年から高学年になるにつれて、『ドリブル』→『パス』という順番で指導していくのが一般的なように思えますが、どうもブラジルではそうではないみたいです。

数年前にリオのジーコセンターでジーコの指導を受けたときジーコは、『少年にはまずパス。それからドリブルを教えます』と言っていました。

『日本とは違うな』とそのときは思いましたが、その謎が解けました。
『ドリブル』というと日本では、ボールを足で押し運ぶことをいいますが、ブラジルではそれを『ボールコンダクト』と呼びます。
ブラジルで言うドリブルとは、『フェイントを使って、相手をかわしながらボールを進めること』になります。
日本で行われるコーンドリブルは、ブラジルではドリブル練習ではなく、ボールコンダクトの練習ということになります。
ブラジルで言うドリブルの練習とは、日本の1対1に近いでしょうか。

だからジーコは、パス→ドリブルの順番で教えると言ったのです。

そうすると日本流は『ボールコンダクト→パス』、ブラジル流は『ボールコンダクト→パス→ドリブル』となるように思いますが、『パス→ドリブル』なのです。
それはブラジルでは『ボールコンダクト』はできて当たり前の技術で、わざわざクラブで教える必要のあるものではないからです。
もっと言うと自分勝手(苦笑)なブラジル人は、ストリートサッカーでボールコンダクト・ドリブルは身につけているので、クラブではパスメインなんじゃないかなって思います。

このあたりが遊びや生活にサッカーが染み込んでいるブラジルと日本の違いかな・・・

言葉にすると簡単ですが、10年や20年で埋まる溝ではないような気がします。

今、海外のクラブに低年齢で行くことが流行って(?)きましたが、世界に通用する選手が日本から多く生まれるためには、日本のサッカー文化を変えるより、選手を海外に送って海外の環境で育ててもらったほうが近道かもしれません・・・(苦笑)

      つたえびと しみず

留学生

  • 2011年09月06日(火)

高校バスケットで優勝が取り消されるという事件が起こりました。

2004年の全国高校総合体育大会・男子バスケットボール競技で優勝した福岡第一高校の当時の中心選手だったセネガル人留学生選手が年齢を詐称していたことが発覚し、優勝を取り消すとともに同選手が在籍していた2005年総体の3位も取り消されました。

このセネガル人選手は、2003年に1年生として同校に入学し優勝に貢献。
優勝後、体格などに不審を抱いた他校から質問状が提出されましたが、パスポートを根拠にいったんは疑いが否定されていました。
しかし、同選手が虚偽の出生証明でパスポートを取得したことをセネガル当局が確認し、高体連が調査し今回の優勝取り消しに至りました。

しかし、高校側もパスポートを偽装されていたんでは調べようがないですよね(苦笑)

ただ、入学当時1年生なら15・6歳ですが、同選手は21歳だったそうです。
あんまり・・・ですよね(苦笑)

私の知っている高校のチームにもアフリカ系の黒人選手がいますが、得意の科目は国語で日本語しか話せません(笑)

       つたえびと しみず

原さん

  • 2011年09月05日(月)

台風が接近していた3日土曜日、いつも仲良くしてもらっているアズー滋賀FC代表の原哲也さんのお別れ会が、滋賀県水口市で行われました。

原さんは7月29日に脳から出血し倒れられ、緊急入院するもそのまま意識が戻らず、ついに8月3日に戻らぬ人になってしまいました。

最初連絡をもらったときは信じられませんでした。
7月3日にグランドでお会いして、7月27日には電話で話をさせてもらっていたのに・・・

50歳という若さでした。

3日のお別れ会には多くの人が集まりました。
ざっと数えても1000人は超えていたと思います。
当日は滋賀県のサッカー協会の人はみんな来ていたんじゃないかっていうぐらいです。

柔らかく、優しいお別れ会は、故人の人柄がよく分かる素敵なお別れ会でした。

原さんの人生のほとんどだったサッカー。
代表を務めたアズー滋賀FCを今以上にいいチームに育てることが、一番の供養かと思います。

原さんの笑顔に会えないことは非常に残念ですが、原さんの残したアズー滋賀FCはいつまでも残ります。
これからもアズー滋賀FCと試合をするたびに原さんのことを思い出すことでしょう。
この先、アズー滋賀FCの発展のために微力ながら協力させてもらいます。

原さん、今までお世話になりました。
ありがとうございました。
安らかに眠ってください・・・

      つたえびと しみず

W杯アジア3次予選

  • 2011年09月03日(土)

日本代表がW杯アジア3次予選初戦で、北朝鮮と対戦し1-0で勝利しました。

前半、北朝鮮のシュートは “0” と数字の上でも圧倒的に攻め続けましたが無得点。
後半に入っても、北朝鮮の粘り強い守備になかなか得点できず、このまま引き分けかと思われた後半ロスタイムに、DF吉田のヘディングシュートが決まり、W杯アジア3次予選初戦を1-0と勝利しました。

私はなんとなく、ずーっと攻めてましたからいつか必ず入るだろうって根拠の無い安心感を持って観ていました。
最後は、『これ入るで!』って言ってたぐらいですからね(笑)

まぁ、あれが入らなくても、ただ1戦を引き分けただけって思ってましたから(笑)
あのブラジルでさえ、W杯予選の最後の最後に出場を決めたって年もありますからね。
予選は簡単なものではありませんし、最後に出場権を獲得できればいいことで、1試合勝った負けたと騒ぐことはないと思います。

北朝鮮戦も『たまたま入らなかった』だけで、本当に最後は『時間の問題』って感じでしたからね(笑)

まぁでも勝ち点3取れたことは良かったと思います。

『W杯16強』
『アジアカップ優勝』
『なでしこW杯優勝』
と日本サッカー界のいい流れをそのまま持続できるように、是非がんばってもらいたいものです!

つたえびと しみず

なでしこ 五輪予選

  • 2011年09月02日(金)

1日、W杯優勝に続き五輪優勝を目指す『なでしこジャパン』が、ロンドン五輪アジア最終予選第1戦を戦い、タイ相手に3−0で勝利しました。

6チームで『2』枠を競う最終予選は、他の5チームに比べこの日戦ったタイは明らかに格下。
得失点差のことも考えると大量点が欲しかったところですが、この後の過密スケジュールを考え多くの主力を温存したのも影響しての3得点という少し物足りない結果になりました。

ただ、明らかに今までとは違う環境になっているのは当然。
どのチームも『世界チャンピオン』を倒そうと必死に戦ってきます。
その相手を予定通り(?・笑)やっつけるのは簡単なことではありません。
この先も難しい戦いになることは間違いないでしょう。

今回は『W杯優勝フィーバー』の最中で準備もあまりできてないようですが、真価を問われるのは今からです。

アメリカやドイツなどの身体能力に優るチームが日本の得意とするパスワークを身に付けたら・・・
もともと『速さ』『高さ』でかなわない相手が、『つなぐ』ことをやってきたら・・・

あまり詳しくはありませんが、昔のバレーボールがそうだったといいますよね。
身体の大きい外国人選手は、レシーブしてトス上げて『ドーン』って打つだけでしたが、それを日本チームがフェイントやクイックなどで翻弄し、試合に勝利するようになると外国チームもその戦術を取り入れるようになり、今の日本のバレーが世界で勝てない時代が続いているようです。

女子サッカーもバレーと同じ道を歩まないようにしなければなりません。
そのためには今の戦術をもっと完成させていく、精度を上げていく必要があると思います。
この先ずば抜けた身体能力を持った少女が生まれてくることはないでしょうし、それならば日本の得意を伸ばすしかないでしょう。
バルサのサッカーにヒントが隠されているような気がします。

今の人気を一過性のものにしてしまわないように、なんとしても五輪の切符を手に入れてもらいたい。
飽きやすい日本人とマスコミに忘れられないように、フィーバーで終わらせないように、今からが本当の正念場です。

女子サッカーもプロとして活動できるかどうかは、全て自分たちにかかっています。

がんばれ!なでしこジャパン!!

      つたえびと しみず

3・11

  • 2011年09月01日(木)

元サッカー日本代表の秋田豊さんが、被災者支援のサッカー教室を愛知県内で始めました。

秋田豊さんは、おなじみチョロコーチの大学の後輩。
長く鹿島アントラーズに所属していました。
彼が、アントラーズの元チームメイトの岩手県出身の小笠原満男選手とOBのアルシンド(「友だちなら当たり前!」の声の高いブラジル人)と陸前高田を訪れたのは6月5日。
校庭に仮設住宅が立ち並び、遊び場にも困っている小学生にサッカーを教えました。
最初、集まった子どもたちは笑顔が少なく元気がなかったといいます。
ボールを蹴って近づいて行き一緒にプレーすると、いつの間にか子どもたちは夢中でボールを追いかけていたそうです。

それまで自分の中であった『自分に何ができるのか?何かやりたい』という気持ちが、『自分にはサッカーしかない』という気持ちに変わりました。

秋田さんは愛知県内でチャリティーサッカー教室を始めました。
自身が生まれ育った地元に恩返しをしながら、第二の故郷『茨城』に教室の収益をアントラーズを通じて送ることに決めました。
サッカー教室は3年間は続けたいと言っています。

最後はこう結びました。

『思う存分サッカーができることは幸せなこと。被災地の気持ちや助け合うことの大切さも愛知の子どもに伝えたい』

3・11からもうすぐ半年が過ぎようとしています。
もう一度今回のことを考えてみてはどうでしょう・・・

      つたえびと しみず

大阪遠征 2

  • 2011年08月30日(火)
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帰りのバスの中・・・。

ひでコーチが『ガリガリくん』を買ってくれました。

27・28日

  • 2011年08月29日(月)
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27・28日は夏休み最後の大阪遠征でした。

今回もいつもお世話になっているチームにいっぱいお世話になりました。

4・5・6年生で28人参加したんですが、その全てをホームステイで受け入れていただき、多い家には一軒で6人もの人数を泊めていただきました。

初めてホームステイでの遠征に参加する選手が5名いましたが、全員楽しんで帰ってきました。

お世話になった親御さんに『こちらが楽しませてもらいました』と逆に喜んでいただいたり、初めてで親子共に不安なホームステイを終えて『一回り成長して帰ってきました』と言ってもらえたり、今回も有意義な遠征になりました。

まあそれでも毎回小さなトラブルは起きますが、我々指導者はできるだけ手を貸さないようにしています。
子ども自身の解決能力を信じて待つようにしています。
大人が指示をして対応すれば多分その問題は早くきれいに解決するでしょう。
でも子どもたちに任せていると効率は悪くても確実に子どもたちの経験値は上がります。
時には、大人が考え付かないような解決法を考え出すこともあります。
当然失敗もありますがそれも経験。

我々大人は『待つ』勇気と『失敗を許す』心が必要です。

今回の遠征も様々なことを子どもたちで解決しました。
時間はかかり、到着予定を30分近く遅れるハプニングもありましたが、それより大切なことを学びました。

今回もいい遠征になりました。
お世話になった皆様ありがとうございました。

        つたえびと しみず